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大阪地方裁判所 昭和57年(ヨ)5253号 決定

申請人

林田時夫

申請人

阿部利行

申請人

馬野茂照

申請人

追杉正己

申請人

川上正司

申請人

渡具知正雄

申請人

古川早苗

申請人

盛本圀夫

申請人

山脇良彦

右九名訴訟代理人弁護士

小林保夫

右同

鈴木康隆

右同

早川光俊

右同

豊川義明

被申請人

株式会社名村造船所

右代表者代表取締役

菱田一郎

右訴訟代理人弁護士

山田忠史

右同

西村捷三

右同

山田長伸

右当事者間の頭書事件につき、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

一  被申請人は、申請人らに対しそれぞれ別紙(略)(一)賃金等一覧表〈20〉の各該当欄記載の金員及び申請人林田時夫、同阿部利行、同追杉正己、同古川早苗、同盛本圀夫、同山脇良彦に対しそれぞれ昭和五八年一〇月から本案判決言渡に至るまで毎月二五日限り同一覧表〈11〉の各該当欄記載の金員を仮に支払え。

二  申請人らのその余の申請を却下する。

三  申請費用は、これを三分し、その一を申請人らの負担とし、その余を被申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請人ら

被申請人は、申請人らに対し、それぞれ主文掲記一覧表〈15〉欄記載の金員及び昭和五七年一二月二五日以降昭和五八年三月二五日まで毎月二五日限り同一覧表〈8〉欄上段記載の金員を、同年四月二五日以降毎月二五日限り同一覧表〈9〉欄上段記載の金員を仮に支払え。

二  被申請人

本件申請をいずれも却下する。

第二当事者の主張

(申請の理由)

一  被保全権利

1 申請人らは、いずれも被申請人の従業員である。

2 被申請人は、昭和五四年三月一五日申請人らに対し、それぞれ解雇の意思表示をした(以下、「本件解雇」という)。

3 そこで、申請人らは、本件解雇の無効を主張して、大阪地方裁判所に対し、従業員地位保全等仮処分申請(同裁判所昭和五四年(ヨ)第一九六五号事件)をしたところ、同裁判所は、昭和五六年五月八日申請人らが被申請人の従業員たる地位を有することを仮に定め、被申請人が、申請人らに対しそれぞれ昭和五四年四月一六日以降毎月右一覧表〈1〉欄記載の金員を仮に支払うことを命じる判決を言渡し、申請人らは以後毎月被申請人に対して右判決に基づく強制執行をして右金員の支払を受けている(以下、右金員を「判決認容額」又は「本件執行額」という)。

4 ところで、被申請人は、本件解雇後昭和五五年から毎年四月に四月分以降の賃金につき従業員に対してベースアップ及び定期昇給等の賃上げを行ない、毎年夏期及び年末一時金の支給を行なった。被申請人における毎年四月の賃上げ及び年二回の一時金は基準内賃金を基準として決定される。

申請人らは、本件執行額と右賃上げによって改定された賃金との差額(以下「差額金」という。)のうち昭和五四年四月から昭和五六年一一月までの間の差額金及びその間の一時金については仮払の仮処分決定を得てこれを執行したが、右期間以降の差額金及び昭和五七年の夏期及び年末一時金については未だ支払を受けていない。

5 申請人らが支払を受けていない差額金及び一時金は次のとおりであり、申請人らは被申請人に対しその支払請求権を有する。

(一) 昭和五六年一二月から昭和五七年一一月までの差額金合計及び同年一二月以降の差額金

申請人らの昭和五六年度の基準内賃金は右一覧表〈2〉欄記載のとおりである。なお、被申請人における基準内賃金には家族手当が含まれており、右手当は、被扶養家族の一人目について、それが配偶者である場合には月額一五〇〇円、非配偶者の場合には同八〇〇円であり、二人目については同四〇〇円、三人目について同三〇〇円と定められているところ、申請人阿部には昭和五五年八月六日一人目の被扶養家族に当る長男が、同追杉には昭和五四年一二月二七日一人目の被扶養家族に当る長男が、同川上には昭和五六年一〇月二〇日二人目の被扶養家族に当る長女がそれぞれ誕生したので、右一覧表〈3〉欄記載のとおり家族手当の給付を受けることができる(なお、家族手当は基準内賃金に含まれるが、昭和五七年度、昭和五八年度の賃上げ額を計算するに際して用いる基準内賃金には右家族手当増加分を含めない)。

被申請人は従業員に対し昭和五七年四月に同月分以降の賃金につき平均賃上げ率六・六三パーセント+α(α分は平均二八〇〇円である)、昭和五八年四月に同月分以降の賃金につき平均賃上げ率三・二五パーセントの賃上げをしたので、昭和五七年度及び昭和五八年度の各賃上げ額、昭和五七年度基準内賃金は右一覧表〈4〉ないし〈6〉の各該当欄上段記載のとおりである。

従って、申請人らの昭和五六年一二月から昭和五七年一一月までの差額金合計及び同年一二月以降昭和五八年三月までの毎月の差額金、同年四月以降の各月の差額金は右一覧表〈7〉ないし〈9〉の各該当欄上段記載のとおりとなる。

(二) 昭和五七年夏期及び年末一時金

被申請人は従業員に対し、昭和五七年夏期一時金として基準内賃金の二・一か月分、同年年末一時金として基準内賃金の二・四か月分を支給しているので、申請人らが被申請人に対して請求できる一時金の額は右一覧表〈12〉ないし〈14〉欄上段記載のとおりである。

二  保全の必要性

申請人らは、いずれも賃金を唯一の生計の糧としている労働者であり、申請人らが現在前記仮処分判決により得ている金員は、右判決後の諸物価の高騰等に照らせば最低限の生活を維持することすら不可能な金額であるから、本件仮処分の必要性も存する。

三  よって、申請人らは、被申請人に対して申請の趣旨どおりの仮払を求める。

(申請の理由に対する認否)

一1  申請の理由一1記載の事実中、申請人らが昭和五四年三月一五日当時被申請人の従業員であったことは認めるが、その後も従業員であったとの主張は争う。

2  同一2ないし4記載の各事実は認める。

3  同一の5の事実中、申請人らの昭和五六年度の基準内賃金が申請人ら主張のとおりであること、被申請人における基準内賃金には家族手当が含まれること、賃上げ及び一時金がいずれも基準内賃金を基準に決定されること、昭和五七年度夏期一時金及び年末一時金の支給率が申請人ら主張のとおりであることは認め、その余は争う。

申請人らが仮に従業員たる地位を有するとした場合、申請人らの昭和五七年度の賃上げ月額は右一覧表〈4〉欄中段記載のとおりであり、昭和五七年度の各一時金は右一覧表〈12〉ないし〈14〉の各該当欄中段記載のとおりであり(なお一時金の算定は、基準内賃金月額×支給率×出勤係数×考課係数の算式を用いるが、申請人らについてはいずれも出勤係数一、考課係数〇・九三とした)、昭和五八年度の賃上げ月額は右一覧表〈6〉欄中段記載のとおりである。

二  申請の理由二、三は争う。

(被申請人の主張)

一  被申請人は、昭和五四年三月一五日申請人らに対して解雇の意思表示をしたが、右措置は、被申請人が大阪工場新造船部門を閉鎖することに伴う已むをえないものであるから本件解雇は有効である。したがって、被申請人は、申請人らに対して賃金を支払う義務はない。

二  被申請人は、申請人らを被申請人の従業員として仮に扱えとの前記判決の趣旨を尊重して、申請人らを仮に就労させるべく、昭和五六年五月二一日から同年八月二二日までの間再三にわたり、申請人らに対して仮配置職場を検討するための事情聴取に応じるよう求めたが、申請人らは個別の事情聴取には応じられないとの態度を固執してこれを拒んだ。そこで、被申請人は、右事情聴取は不可能と判断し、申請人らの解雇前の職場や各人の経歴等諸般の事情を勘案して、同年九月九日別紙(四)一覧表記載のとおり申請人らに仮配置職場を内示したうえ、同年一〇月二一日申請人らに対し、申請人古川については同月二八日から、その余の申請人らについては同年一一月四日から右職場で就労するよう命じ(以下「本件仮就労命令」という)、被申請人が申請人らの労務を受領する旨の意思を明らかにした。しかし、申請人らはいずれも本件仮就労命令に応じず、申請人古川がようやく昭和五八年九月一日付で仮配置職場で就労を始めたほかは、未だに労務を提供していない。したがって、少くとも被申請人が申請人らに対して仮就労を命じた日から(申請人古川については、就労を始めた右の日の前日まで)、申請人らの賃金債権は発生しない。

三1  源泉徴収相当分の控除

仮に申請人らが被申請人に対し賃金債権を有するとしても、被申請人は、法令上、申請人らに対して支払う賃金から申請人らが負担すべき社会保険料、雇用保険料、所得税相当分(以下「源泉徴収相当分」という。)を控除することができるから、被申請人は、申請人らが昭和五八年八月末までに前記判決及び決定によって執行した金員についての源泉徴収相当分(但し、社会保険料相当分は除く)として別紙(五)のF欄記載の各金員と申請人らが本件申請によって請求する差額金及び一時金についての源泉徴収相当分として同E欄記載の各金員の控除を主張する。

2  源泉徴収相当分による相殺

仮に、右1の控除の主張が認められないとしても、被申請人は、申請人らが負担すべき源泉徴収相当分について納付義務を負う一方、申請人らに対して右納付義務を負う金額の支払を求める私法上の請求権を有するから、右1で控除を主張した金員と同額の支払請求権をもって、申請人らの請求する賃金と対当額において相殺する。

3  保全の必要性に対する影響

仮に、右1及び2の控除、相殺の主張が認められないとしても、源泉徴収相当分は従来より給与から控除されていたものであるし、本来これを生活維持の資金とすべきではないから、右1及び2で控除、相殺を主張した分については保全の必要性がない。

四  被申請人の従業員に対する賃金は前月一日から末日までの分を当月二五日に支払うことになっている。

(被申請人の主張に対する認否及び反論)

一  被申請人の主張一は争う。

二  同二記載の事実中、被申請人が申請人らに対して仮配置職場についての事情聴取に応じるよう求めたこと、被申請人が、昭和五六年九月九日申請人らに対して仮配置職場を内示し、同年一〇月二一日本件仮就労命令を出したこと、申請人古川が昭和五八年九月一日付で仮配置職場において就労を開始したことは認めるが、その余は争う。

右主張に対する反論は次のとおりである。

(一) 申請人らは、就労の意思を有しており、仮就労を拒否したことはない。申請人らは、被申請人に対し、仮就労を含めた話し合いを一貫して主張し要求してきており、右要求を拒否し、申請人らとの協議をしないで一方的に就労を命じたのは被申請人の側である。すなわち、本件解雇が整理解雇を理由にしていることに照らし、仮就労が可能ならば全面解決も可能なはずであるから、申請人らは、被申請人に対し、全面解決のための団体交渉を求めてはいたが、仮就労についてもこれを拒否するものではなく、仮就労の条件、場所等についての団体交渉に応じるよう求めた。それにもかかわらず、被申請人は、申請人らとの個別的な事情聴取に固執し、申請人らの団体交渉の求めを拒否し、本件仮就労命令を出したのである。ところで、申請人らを「一個の集団として嫌悪の念をもって看視し」(仮処分判決)これを排除しようとしてなされた本件解雇に対して、申請人らは、争議団として団結し、その無効を争っているものであり、また、本件仮就労命令が、右の効力についての裁判係属中になされ、加えて申請人古川を除く申請人らについては遠隔地への配転を伴い、申請人らの生活を不安定にし、右訴訟追行を困難にするおそれがあること等に照らせば、被申請人は、信義誠実の原則上仮就労の条件等につき申請人らとの団体交渉に応じる義務があるというべきであり、これを拒否して出された本件仮就労命令は無効である。

(二) また、申請人古川を除く申請人らに対する仮就労命令は、従前の大阪から伊万里へと勤務場所の変更を伴うものであるところ、右申請人らが被申請人に就職した当時には右のような遠隔地への転勤は予想することができなかったし、被申請人において、そのような転勤に際しては労働者の個別の同意を要するとの慣行があるのであるから、右申請人らの同意を得ないで出された右仮就労命令は無効である。

(三) さらに、本件仮就労命令は、申請人らが解雇無効を争って訴訟追行することを不可能ならしめるために出された不当労働行為であるから無効である。

三  同三1ないし3は争う。右主張は、いずれも労働基準法二四条本文あるいはその趣旨に反し許されない。

理由

一  被保全権利について

1  申請の理由一の1記載の事実中、申請人らが昭和五四年三月一五日当時被申請人の従業員であったこと、同一の2ないし4記載の各事実は当事者間に争いがない。

2  本件解雇の効力について

疎明資料によれば、本件解雇は、いわゆる整理解雇として実施されたものであることが一応認められる。

ところで、整理解雇は、経営の苦況克服という使用者の一方的事情に基づいて従業員の地位を失わせるものであるから、これが有効とされるためには少なくとも被解雇者の選定基準が合理的であって、その具体的な運用も客観的かつ公平に行われたことを必要とすべきである。

これを本件解雇についてみるに、疎明資料によれば、被申請人は、経営不振打開のため人員削減を必要とする状況にあることを奇貨とし、嫌悪する申請人らを排除することを主たる目的として申請人らを被解雇者に選定したことが一応認められ、右事実よりすれば、被解雇者選定基準の具体的運用につき、その合理性を肯定できないといわなければならない。

したがって、本件解雇は無効というべきであるから、申請人らはいずれも被申請人の従業員としての地位を有する。

3  つぎに、申請人らの請求する差額金及び一時金の金額について検討する。

(一)  被申請人が、本件解雇後昭和五五年から毎年四月に従業員に対して、ベースアップ及び定期昇給等の賃上げを行ない、また、昭和五五年から毎年夏期及び年末一時金の支給を行なったこと、被申請人における賃上げ額及び一時金は基準内賃金を基準として決定されること、申請人らは、差額金のうち昭和五六年一二月以降の分並びに昭和五七年夏期及び年末一時金の支給を受けていないことは当事者間に争いがない。

(二)  賃上げによる差額金について

申請人らの昭和五六年度の基準内賃金が前記一覧表〈2〉欄記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、疎明資料によれば、被申請人は従業員に対し昭和五七年及び昭和五八年の各四月にそれぞれ同月分以降の賃金につき賃上げを実施し、その賃上げ額は昭和五七年については基準内賃金の平均六・六三パーセント+αであり、α部分は少くとも二八〇〇円であったこと、昭和五八年については平均賃上げ率が三・二五パーセントであったことが一応認められる。申請人らが依然として被申請人の従業員たる地位を有することは前記のとおりであるから、申請人らについても賃上げされるべきであり、申請人らの賃上げ額が平均賃上げ率を下まわるべきことについての格別の反証もないので、申請人らの賃上げ額については被申請人の従業員に対する平均賃上げ率によって算出するのが相当である。

それゆえ、被申請人の賃上げは前年度の基準内賃金を基準として決定されることは前記のとおりであるから、申請人らの昭和五七年度の賃上げ額及び同年度の基準内賃金及び昭和五八年度の賃上げ額は前記一覧表〈4〉ないし〈6〉欄の下段記載の金額となることは計算上明らかである(但し、申請人らは一〇〇円未満については四捨五入して算出しているけれども、一〇〇円未満は全て切捨てして算定した)。

また、疎明資料によれば、被申請人における家族手当は、被扶養家族の一人目については、それが配偶者である場合には月額一五〇〇円、非配偶者の場合には同八〇〇円であり、二人目については月額四〇〇円、三人目については同三〇〇円となっていること、申請人阿部に昭和五五年八月六日一人目の被扶養家族に当る長男が、同追杉に昭和五四年一二月二七日一人目の被扶養家族に当る長男が、同川上に昭和五六年一〇月二〇日二人目の被扶養家族に当る長女がそれぞれ誕生したことが一応認められる。以上よりすれば、遅くてもそれぞれの被扶養家族が増加した月の翌月から、申請人阿部、同追杉は、いずれも月額八〇〇円、同川上は、同四〇〇円の家族手当の支給を受けるべきことになる。しかし、申請人川上の家族手当月額についてはその主張のとおり三〇〇円とする。

(三)  昭和五七年夏期及び年末一時金

疎明資料によれば、被申請人は従業員に対し、昭和五七年夏期一時金として二・一か月分、年末一時金として二・四か月分を支給したこと、被申請人における一時金の算定は基準内賃金×支給率×出勤係数×考課係数の算式によることが一応認められる。申請人らの出勤係数を一とすることについては被申請人もこれを認めるところであり、考課係数につき被申請人は最低の〇・九三とすべきことを主張するけれども、その主張に副うべき資料も提出しないので、考課係数についても前記賃上げ差額金を算定したときと同様の理由から一とするのが相当である。それゆえ、申請人らの一時金は昭和五七年度基準内賃金にそれぞれ二・一と二・四を乗ずることにより算出されるので前記一覧表〈12〉ないし〈14〉欄の各下段記載の金額となる。

4  本件仮就労命令について

被申請人は、前記判決言渡後被申請人が申請人らに対して本件仮就労命令を出したにもかかわらず、申請人らは、申請人古川が昭和五八年九月一日付で就労を始めたほかは、いずれも就労しなかったので、仮就労を命じられた日以降(申請人古川については昭和五八年八月末日まで)申請人らの賃金請求権は発生しないと主張する。

そこで検討するに、被申請人が昭和五四年三月一五日申請人らに対して解雇の意思表示をしたことは前記のとおり当事者間に争いがなく、疎明資料によれば、本件解雇直後申請人らが被申請人に対して解雇の無効と撤回を主張して労務の受領を求めたのに、被申請人はこれを拒んだことが認められるから被申請人は受領遅滞にあるということができ、そのようなときには、労働者において労務の提供をしなくても賃金請求権を失うものではなく、使用者は労働者が労務の提供をしなかったことによる賃金債権不発生をいうためには、その前提として受領拒絶の態度を改め、以後労務を提供されれば確実にこれを受領すべき旨を表示するなど自己の受領遅滞を解消させるに足りる措置を講じなければならない。

これを本件についてみるに、被申請人は申請人らが被申請人の従業員としての地位にあることを仮に定める旨の前記判決が言渡された後、申請人らに対して仮配置職場等の仮の処遇を検討するため事情聴取に応じるよう求めたが、申請人らが個別的な事情聴取には応じられないとの態度を取ったので、昭和五六年九月九日申請人らに対して別紙(四)一覧表記載の各仮配置職場を内示し、同年一〇月二一日本件仮就労命令を出したことは当事者間に争いがない。しかし、疎明資料によれば被申請人が事情聴取に応じるようにと個別的に求めてきたのに対し、申請人らは、被申請人に対して、その都度本件解雇は整理解雇を理由とするものであって、被申請人に仮にでも配置する職場があるならば全面解決も可能なはずであると主張して、本件解雇を撤回して全面解決の話合いに応じるよう求めるとともに、必ずしも仮の処遇のための事情聴取も拒むものではないが、申請人毎に別々に時間を定めた個別の事情聴取ではなく、申請人ら全員との話合いを行うよう求めたこと、被申請人は、申請人らの右求めに対して、一、二度申請人らに会社の概況を説明したのみで、申請人ら全員との話合いには応じないとの態度に固執し、結局、申請人らから事情や意見を聴かず、また申請人らに仮の処遇について説明することもなく、本件仮就労命令を出したこと、申請人らは被申請人からほぼ同一の理由によって同時期に解雇されたもので、被申請人から就労のための事情聴取に出社するよう求められた当時は、前記判決を不服とする被申請人の控訴による仮処分事件が大阪高等裁判所に係属中であったうえ、被申請人から就労場所として指定される場所が申請人らの従前の勤務場所と異なる遠隔地への転勤も十分予想され得た状況であったことが一応認められる。これらの事実によれば、被申請人が、申請人らに対して就労を求めるといっても、解雇を撤回するのではなく、仮処分判決に対する控訴を維持したまま、仮の処遇を行なうというのであるから、申請人らの右のような不安定な地位を考慮に入れるときには、就労場所、就労条件等につき、申請人らが全員への説明や全員との協議を求めた場合には、被申請人に特別の支障のない限り、これに応じて申請人らの疑問に答え、その不安を解消させるため十分の説明を尽くすべきであるから、前記のように被申請人が個別的な事情聴取に固執して申請人らの右の求めを拒み続けたまま本件仮就労命令を発したとしても、これをもって被申請人が受領拒絶の態度を改め、申請人らの提供にかかる労務を受領するための措置を講じたものということはできず、差額金および一時金の仮払を求めている本件申請においては、その他被申請人の主張を疎明するに足りる適切な疎明資料はなく、被申請人の主張は理由がない。

5  被申請人は、法令上、申請人らに支払う賃金から申請人らが負担すべき源泉徴収相当分を控除することができるから、昭和五八年八月分までの執行額とその後の前記判決による執行額及び本件申請において申請人らが請求する期間の差額金及び一時金について源泉徴収相当分の控除を主張し、仮にこれが認められないときには、右で控除を主張したのと同額の申請人らに対する私法上の求償債権をもって、申請人らの請求する賃金債権と対当額において相殺する旨主張し、申請人らが本件において仮払を求めている金額のうち、申請人らが負担すべき源泉徴収相当分については保全の必要性がない旨主張する。

被申請人主張の源泉徴収相当分の控除あるいは相殺についての当否はしばらく措き、右相当分については仮払の必要性はないものと解すべきである。なんとなれば、申請人らが前記判決及び仮処分決定の執行によって支払を受けた金員のうち源泉徴収相当分については本件解雇がなかった場合においても申請人らがこれを受領してその生活を維持するために費消することができなかったものである。申請人らは本件申請において昭和五六年一二月からの差額金及び昭和五七年の一時金について仮払を求めているけれども、被申請人は申請人らに対し源泉徴収相当分について毎月その部分だけ先に支給したのと同様の結果となっており、右源泉徴収相当分について仮払をする必要性は消滅したものというべきであるからである。

6  ところで、本件当事者間において、昭和五八年八月分までの執行額につき、申請人らが負担すべき源泉徴収相当分のうち社会保険料の支払について和解が成立し、被申請人はその部分について前記のような主張の対象に含ませていないので、申請人らの本件申請を昭和五八年八月分までの仮払とそれ以後とに分けて算定するのが相当である。そこで、申請人らの昭和五八年八月分までの差額金及び一時金の合計額は前記一覧表〈16〉欄記載の金額となり、昭和五八年九月分からの毎月の差額金は前記一覧表〈9〉欄の下段記載の金額である。

疎明資料によれば、申請人らの昭和五四年四月一六日から昭和五八年八月末日分までの賃金に対する社会保険料、雇用保険料、所得税は別紙(三)の1ないし9記載のとおりであること同昭和五七年度の一時金に対する社会保険料、雇用保険料、所得税は同(二)記載のとおりであることが一応認められ、昭和五六年一二月から昭和五八年八月分までの差額金及び一時金の合計から右の源泉徴収相当分を控除すると、前記一覧表〈20〉欄記載のとおりとなる。また、昭和五八年九月分以降の差額金目録から源泉徴収相当分を控除すると同一覧表〈11〉欄記載のとおりとなることも計数上明らかである(申請人馬野、同川上、同渡具知については控除分の方が大きくなる)。

7  賃金支払時期について

なお疎明資料によれば、被申請人における賃金の支払は、就業規則(「職員給与規程」)上毎月一五日締切当月二五日支払と定められていたが、被申請人は、昭和五三年過半数を超える従業員によって組織されている名村造船労働組合の意見を聴いたうえで、これを毎月末日締切翌月二五日支払と変更し、同年一〇月一日からこれを実施したことが一応認められ、申請人らに対する賃金支払もこれによることとなる。

したがって、申請人らが支払を求めている昭和五八年九月分の差額金は同年一〇月二五日に支給されることとなる。

二  保全の必要性

疎明資料によれば、申請人らは、いずれも被申請人から支払われる賃金を唯一の生活の糧としており、前記仮処分判決によってその認容額を毎月強制執行によって得ているものの、これのみでは生計の維持に著しい困難を来たすことが一応認められ、前記認定の申請人らの被申請人に対する未払差額金及び一時金のうち、一の5、6に述べた源泉徴収相当分を除いた部分については仮払の必要性が存するというべきである。

三  結論

以上によれば、申請人らの申請は、同一覧表〈20〉欄記載の金員と、申請人馬野、同川上、同渡具知を除く申請人らにつき昭和五八年一〇月以降毎月二五日限り同一覧表〈11〉欄の下段記載の金員の支払を求める範囲で理由があるから、申請人らに保証を立てさせずにこれを認容し、その余の申請については保全の必要性についての疎明がなく、疎明に代えて保証を立てさせることも相当でないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 安齋隆 裁判官 長門栄吉 裁判官 佐々木洋一)

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